ドッグフェイム 文太との生活も、始めから順風満帆だったわけではありません。
犬一年生と飼い主一年生の、苦労と闘いの波乱万丈な日々の話。
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分離不安との闘い
文太は他のワンコよりも遅いと思いますが、6ヶ月を過ぎた頃になってようやくトイレを覚えてくれて、部屋の中で遊んでいてもちゃんとトイレでおしっことうんちができるようになりました。ちなみに、その頃はまだ散歩に行っても外では全くおしっこもうんちもせず家の中のみでしていました。外でおしっこをし始めたのは、初めて足上げおしっこをした11ヶ月の頃からでした。文太は何もかもスローな子だったのです。 

文太を部屋に開放して留守番させることにしたのはいいのですが、問題は留守番中必ずと言っていいほどトイレではないところにお漏らしをしていました。留守番前にはおやつを詰めたコングを与えて夢中になっているときに出かけていました。留守番のときだけにコングを与えると、『コング=留守番』となって、逆効果になると思ったので留守番以外のときにでも日中何度か与えていました。

それでも、帰ってくるとほぼ毎日おしっこ掃除が待っていました。これにはどうしたものか・・・。本当に悩みました。多分コングの中のおやつを全部食べてしまって、我に返ったときに私がいないことに気付いて漏らしていたのだと思います。ただ、それ以外は鳴くこともイタズラをすることもなくおとなしくベッドで寝ていたのです。

おかあはんはすぐに帰ってくる」ということを分からせるために、また『出かけたフリ作戦』を決行しました。いつものようにコングを与えていったん玄関から出てこっそり隣の部屋で様子を伺い、コングをごろんごろんする音がなくなったのを確認してからすぐまた玄関から帰ってきました。

この間ほんの数秒。

でも部屋に入ってみるとすでにおしっこのあと・・・・。ガーン!!文太はというと、私が帰ってきて嬉しそうに近づこうとしますが、私がおしっこのあとを見つけて「あーっ!」と大きな声をあげ不機嫌な顔になるので「ゴメンナサイ・・・・」と上目使いに申し訳なさそうに私の顔を見上げています。

帰宅しておしっこを見つけたとき、文太には全く構わず顔も見ないようにして、もくもくとおしっこ掃除をしてまた外に出ました。2〜3分ですぐまた帰ってきて、おしっこをしていなければ褒めてあげようと思ったのですが、その2〜3分の間にも帰ってみるとまたおしっこの跡・・・。文太にしてみればせっかく私が帰ってきてくれたかと思ったのに、無視され不機嫌な顔をして出て行ったのでまた余計に不安になってしまったのでしょう。

2回目のおしっこの跡に愕然とする私を見て、また「ゴメンナサイ」顔の文太。私が帰ってきて甘えたいのにそれを我慢して済まなそうにしゅんとしているのを見ていると「あ〜、この子もわざとやってるわけじゃないんやなー。寂しくて漏らしてしまうんやろなー。」と思うとなんだかかわいそうで、でも、私もどうしていいのかわからず「文ちゃん、おかあはんちょっとお買い物行くだけやねん。すぐ帰ってくるねん。な?独りでも大丈夫やで。」と、文太を抱きしめて体中なでてあげてるうちに涙が出てきました。

「どうすればいいねんやろう。どうすればわかってくれるんやろう。」何一つ改善の兆しがないことに焦り、苛立ち、この先いったいどうなるんやろう、と不安な毎日でした。

不安を煽る要因もありました。それは、犬を飼っている友達に言われた一言です。私が仕事を辞めたことを知っているので「昼間遊ぼー♪」と連絡があったのですが「いやー、うちの犬がまだ留守番ちゃんとできへんから、長時間の外出は無理やねん・・・」と言ったとき「ハァ〜?だってもう6ヶ月やろ?もう仔犬ちゃうやん。赤ちゃんちゃうねんからいつまでも構いすぎたらあかんで。」と言われたのです。

多分彼女にしてみれば悪気はなかったのでしょうが、そのときの私にとってはかなりショックな一言でした。やっぱり普通の犬は留守番なんかちゃんとできんねんやろな、と思うとどうしようもなく落ち込みました。何をやってもだめなような絶望感に苛まれました。なんでこれぐらいできへんの?と文太を責めたり、なんでちゃんとできるように教えてあげられへんねんやろ、と自分を責めたりする毎日でした。

働いている人たちに飼われている他のワンコは一日に何時間も留守番をしているはずやのに。文太はせいぜい一日2時間までの留守番やのに。なんでこの子はこんなに寂しがりなんやろう。いっそのこともう一匹お友達を飼えば大丈夫なんやろか?

「もう一匹飼う」この考えは何度も何度も私の頭をよぎりました。2匹でいれば仲良くお留守番できるのではないか、と。

そんなとき、散歩中にトイプードルを2匹連れていた通りすがりのご婦人とすれ違い様に犬同士挨拶させてもらっているとき、たまたま多頭飼いの話になりました。そのご婦人は上の子が2歳のときに同じように「留守番がかわいそう」ともう一匹飼うことにされたそうです。そのご婦人曰く、上の子がものすごくしっかりしたおりこうさんだったので、下の子のしつけを全てしてくれて今でもまるでお母さんのように下の子がイタズラをすると注意をし、また面倒を見てくれているので安心して出かけられるとのことでした。

その話を聞いて「もし、今もう一匹飼ったら・・・。」を、もう一度考えてみました。文太がまだ全然自立していない時点で更に仔犬がもう一匹いたら?今でも大変なおしっこ掃除が倍になる・・・。帰宅時、今以上のおしっこうんち地獄、さらには甘え鳴きや脱走騒ぎの地獄絵図が容易に想像できました。「うちは無理や・・・。」と、とりあえずその時点での多頭飼いは間違っていることに気付きました。

やはりどちらにしても文太に留守番をちゃんとできるように、というより独りでいても大丈夫になってもらうしかありません。それにはやっぱり私がしっかりしなくては、と思うようになりました。私が落ち込んで泣いていたりすると文太も不安になるに違いありません。もともと文太はトイレを覚えるのが遅かったのだから、『出来て当たり前』という考えを捨てました。

他の犬はできることが文太はできない。でもできないからと言って嫌いになるわけじゃないし、大切な家族であることには変わりないし、私の文太に対する愛情も変わりありません。覚えるのが遅い、というのも文太の一面なのです。それを全部ひっくるめて受け止めよう、と思ったのです。

「トイレなんか失敗してもいいや。できなくってもいいや。掃除したらいいだけやん。この子はそのほかのことは完璧やねん。いっぱいいっぱいしあわせな気持ちと楽しい時間を毎日私にくれてるねん。ちょっとあかんたれ君やけど元気で健康やし、それが一番や!」そう思うとすごく気が楽になりました。

それから、一日に何度も出て行っては数分後に戻ってくる、というのを繰り返しました。そのときの留守番時のおしっこ掃除も数え切れないほどしました。毎日毎日、おしっこ掃除のない日はありませんでした。帰ってきたときのおしっこ掃除はもはや日課になっていました。それでも毎日留守番の練習をしました。時間は数分のときもあれば、本当に買い物などに行っていて2時間ぐらいのときもありました。

そうこうしているうちにだんだんとおしっこを漏らしていない日も出てきました。初めて部屋中どこを見渡してもおしっこのあとがないのを確認できたとき、跳びあがるほど嬉しくて、ものすごい勢いで文太を褒めました。それまでは帰ってきてもさりげなく「ただいま〜」と言うぐらいで大げさに構ったりすることはなかったのですが(その後にすぐおしっこ掃除が待っていたので・・・)、おしっこの失敗がない日ができてからは、それが正しいことなのかどうなのかわかりませんが、帰ってきたときに文太とふたりで「喜びの舞」の儀式をするのが常となりました。

それでもまだ完璧ではなかったので、失敗した日は「あ〜、今日はやっちゃったかぁ〜」「うん〜。ごめん。えへへ〜」とがっかりしながらおしっこ掃除、失敗のなかった日は「おかあはん、ボク今日がんばった!」と喜んで私を出迎えるので「きゃー!文ちゃん、良かったなー!頑張ったなー!えらかったなー!」とふたりで喜びの舞。そうしてだんだん喜びの舞が出来る日が増えていき、失敗もほとんどなくなってきたのは8ヶ月目に入ってからのことでした。

でも、ようやくおしっこ地獄にもピリオドが打たれる時が来た、と思ったのは間違いでした。留守番時のトイレの失敗がなくなったかと思ったら、今度は反抗期と思われる「嫌がらせおしっこ地獄」がやってきたのです・・・。
(フレンチブルドッグ文太部長のロハスな毎日 2006年4月23日の記事より加筆修正)